2021.01.21
対話主事通信「いろとりどり」2021.02月号
ブンタは小学3年生。なぜか最近イライラしている。今日もイライラしていて帰りの会のあと、隣の席のセッちゃんから消しゴムを取り上げ、教室の外へ放り投げてしまった。セッちゃんは、ちょっと悲しそうな目をしながら自分の消しゴムを探しに行った。「ひどーい」と女の子たちが声をあげたが、「ぼく、知ーらない」とブンタは家に帰ってしまった。夜、ブンタは、何となくもやもやしながら眠った。しばらくすると、どこからか声が聞こえてきた。
「わしは、鬼の親分じゃ。ブンタ、お前をわしの子どもにしてやるぞ。名前は『ロココ』。立派な鬼のかっこうにしてやる。ついでに名前もおなかに書いてやったぞ!」
はっと目が覚めたら、頭に角、鋭い爪、口にはきば。なんと虎のパンツまではいている。おなかには、でっかく「ロココ」の文字。「これがぼく?いやだよ、人間に戻してよ。」ブンタは、鬼の親分を探して学校や町の中を一日中歩きまわった。みんなにはぼくの姿が見えていないらしい。鬼になった姿なんか見られたくなかったけど。でも一人ぼっちになっちゃってさびしくてしかたがない。
夜になった。「いたっ!」どこからか豆が飛んできた。「鬼は外 鬼は外」そうだ!きょうは節分だった。「いたい!いたい!」ぼくは逃げ出した。夜になったら、ぼくの姿がみんなに見えるらしい。「あっ!鬼がいるぞ。ぶつけろ、ぶつけろ。」友だちのケイ君やマサ君がおもしろがって豆をぶつけてくる。「いたいよ。いたいよ。ぼくだよ。ブンタだよ。わかってよ。今は、ロココっていう名前だけど。」
走り疲れて、どこかの家の玄関先で座り込んで泣いていた。すると窓の方から「福は内、福は内」というやさしい声。ころころとやさしくころがってきた豆。豆を投げていたのは、きのうブンタが意地悪をしたセッちゃんだった。「明日いいことがありますように。福は内、福は内」「みんなにいいことがありますように。福は内、福は内」「本当はやさしいクラスの男の子たちにもいいことがありますように。福は内、福は内」ロココは、転がってきたセッちゃんの投げた豆を拾って食べた。おいしかった。ひっくり返るほどおいしかった。二つ目を食べたら本当にひっくり返ってしまった。逆立ちのブンタが玄関のガラスに映っていた。「あっ!ココロだ。ロココが逆さまになるとココロだ!」
その時、ブンタは本当に目が覚めた。「全部夢だったのか!」そのあと、しばらく考え込んでいたブンタがポツリとつぶやいた。「鬼ってぼくの心の中にいるのかな。心がひっくり返ると鬼の子ロココになるのかな。」外はだんだん明るくなってきた。今日の天気はきっと晴れだ。
節分にちなんだ創作話、いかがでしたか?お子さんと一緒に読んでいただけたらと思います。
ところで「節分」って何でしょう?季節が変わる日を立春、立夏、立秋、立冬と言いますが、それらの前日が「季節を分ける」という意味の「節分」にあたります。だから、本来は4回あるのです。
その節分が特に立春の前日を意味するようになったのは、江戸時代以降のようです。昔から様々な疫病や災害は、目に見えない邪気が鬼の姿をして人々にもたらすものと信じられていました。そして、特に邪気がたまりやすく鬼が出やすい季節の変わり目は、体調を崩しやすいと考えられていたようです。厳しい冬をのりこえて春を迎えることは特別なことだったんですね。その邪気を払ってくれるのが豆でした。豆には霊力があり、邪気を払って福を招くものとされていました。そこで、「鬼は外、福は内」と掛け声をかけて豆をまいたのです。
さて、鬼と言えば牛の角と虎のパンツですが、その理由をご存じでしょうか?これは方角に関係があります。日本で万事に忌むべき方角とされてきたのが「北東」です。北東は「鬼門」つまり鬼が出入りする方角でした。そしてこの北東を十二支に当てはめてみると「艮(うしとら)」に当たります。「丑」と「寅」の間です。「牛」と「虎」です!季節の行事の由来をたどるのもおもしろいものですね。
コロナの終息を願い、春を迎える喜びをかみしめながら「鬼は外、福は内」…。
全家研ポピー浜松支部 教育対話主事 鈴木育代
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